まいごのストレスフリーライフ

迷いながらも人生楽しい方向に舵を切ったミレニアル世代のストレスフリー追求記

「#METOO」に関するあれこれから学んだコト、考えたコト

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こんにちは、まいごです。
最近、「#METOO」に関連するニュースやツイートを目にすることが多く、すごく考えさせられたので、自分が考えたことを記録しておきたいと思います。
「#METOO」自体は聞いたことがあっても、あんまりテレビでは報道されていないように見えるので、能動的に情報を得ないとなかなか深く考えるチャンスがないような気がしています。
自分が考えたことを発信することで、読んでくださった誰かが考えるきっかけになったら嬉しいです。

「#METOO」について

「#METOO」とは

2017年の秋頃、ハリウッドの大物プロデューサーによるセクハラ疑惑が報じられたことをきっかけに、セクハラをはじめとする性暴力被害にあった人たちが自らの被害を告白・共有するようになりました。
同様の被害を受けた女優による呼びかけが広まったもので、「#metoo」のハッシュタグを付けたことから「#METOO運動」とも呼ばれているようです。
日本でも、ジャーナリストの詩織さんをはじめ、勇気をもって被害を告白する人が多く現れました。

この動きに対する批判も

この動きに対しては、共感の声も多くある一方、批判の声も多いです。
「合意の上だと思っていたのにそんな言い方されるなんて心外だ!」
「有名になるためにセクハラを受け入れてたくせに!」
「今さら言うなんてずるい!」
などなど。

日本でも、
「枕営業でのし上がってきて有名になったら告発なんてずるいんじゃない」
みたいなことを仰る芸人がいたようで、これには私も反発してしまいました。

そして、私が一番問題だと思うこと、それはこの動きについて、あまりテレビなどで報じられていないように感じること。
詩織さんや他の有名な方が声を上げたことに対して、なんとなく、シカトしているような。

上記の芸人はまだマシな方なのかもしれない、自分の思っていることを発信したという点では。
日本のメディアは単純に無関心なのか、カネにならないと思っているのか、はたまた社会問題にしたくない不都合な事情があるのか。。。

みんなが知っておいた方がいいこと

先日ツイッターでフォローしている方がリツイートしてて、たまたま出会ったツイート。
読んでみたらすごく腑に落ちて、誰にでも理解してもらえるような内容で、かつ女性としても新しい発見があったり。
直接つながっている方ではないので、私のリツイートだけ載せておきます。
(末尾のURLから読めたはずなんですが、酷い嫌がらせがあったようで、自衛のために削除したとのこと)

なので元のツイートをざっくり要約すると、、、

学生の頃初めて付き合った彼氏と腕相撲したらあっさり負けて、彼はその力の差に愕然としたらしい(もっと本気でるだろ?くらいの勢いだったと)。
試しに全力で抵抗する彼女に対して彼が押し倒してみる、ということをしてみたら、あっという間に彼は彼女のことを組み伏せた。
この時彼は初めて男女の体格差・力の差というものの大きさを認識し、「男性の自分は生物的に強者」であり、彼女のことを「守るべき存在」だと理解した。

この後にもツイートは続くんだけれど、核心はこれ。
生物学的な男女の体格差・力の強さの違いにしっかり気づいているかどうか。
特に、その点で強者である男性が、その事実をしっかり理解できているかどうか。

当然ですが、セクハラをはじめとする性暴力被害は、女性だけが受けるものではなく男性も被害者になりえます。
先日も若い男性行司がエライ行司にセクハラされた、というニュースがありました。
女性から男性へのセクハラだって多くあることでしょう。

ただ、大半の性暴力被害が男性→女性の構図になっている背景には、こういった体格差・力の差があることを理解できていないまま、利用してしまっている男性が多い、ということがあるのではないでしょうか。

だから、告発を受けたときに
「いやいや、合意の上だったんだ!」とか
「だって嫌だったら手振りほどいて逃げるでしょ、普通」とか
そんなことを真顔で言ってしまうのではないでしょうか。

私は今まで上記のような言い訳めいた言葉を聞いた時、
「そっか、もしかしたら被害者の女性にも何か落ち度があったのかもしれないのか、、」
「確かに女を利用しているタイプの女性もいるって聞くし、そういう人だったのかしら、、」
と思ってしまったりしていたのですが(あくまでも物事を多面的に見るようにするため)、
今回のツイートで、そのメカニズムというか認識の差の原因みたいなものについて、初めて理解できたような気がします。

自分を振り返って考えてみた

体力では敵わないと実感した経験

翻って自分を振り返ると、幸いなことに大きな性暴力被害に遭わずにここまで生きて来れました。
と書いてみたものの、記憶を消しているだけで、思い出すと何度か変な人に遭遇しました。

一番怖かったのは、マンションのエレベーターに乗り合わせた男に、スカートの中に手を入れられたこと。
ギャーって叫んで座り込んだことと、エレベーターが自分の階に到着する直前だったことから、それだけで済んだことが幸いでしたが、エレベータ降りても怖くて震えが止まらず、母にも心配かけたくなくてすぐ家に入ることができず、廊下で立ちすくんでました。

帰宅の夜道で声を掛けられて、来た道ダッシュで戻ってコンビニに逃げ込んだこともありました。
逃げることに必死でその人がどこに行ったのかわからず、まだどこかに潜んでいるんじゃないかとビクビクしながら、たった100mほどの家までの道のりを急ぐべきか待つべきか迷いながら帰りました。
すごく長く怖く感じました。

そういえば今だって、夜道だけでなく、昼でも人通りの少ない道を歩くときは、近くに男性がいると避けたりわざとゆっくり歩いて追い抜いてもらうようにしています。
男性からすると不快に感じるだろうし傷付く人もいるかもしれないなと思うけれど、これが私にとっての自己防衛行動です。

一方で、友人は信用していた?

そんな一方、私は今まで男友達も多く、群れる女子が苦手だったということもあり、男性の友人と二人でお茶したりドライブしたり、ということにはそれほど抵抗はありませんでした。

今回、そんな自分の行動ってどういうことだったのだろう、と考えてしまったのですが。

今までの話から考えると、
①自分自身が女性として男性との体格差・力の差をちゃんと理解できていなかった
②またはその男性たちに対して体格差・力の差を上回るような何等かの優越性を感じさせていた
③周りの男性が女性である自分を「弱い存在」「守るべき存在」の友人であると理解してくれていた
これらが成り立っていたからなのではないかな、と思いました。

①自分自身が男性との力の差を理解できていなかった

たまたま私が被害を受けなかっただけで、私の認識が甘かったということです。
男性を「女子で群れるよりさっぱりしてて付き合いやすい」という風に認識していて、知り合いの男性であれば変なことはしない、大丈夫、という考えでしかなかったのかもしれません。

②男性に対して力の差を上回る何等かの優越性を感じさせていた

例えば、友人の男性が心の奥では「あわよくば」みたいな気持ちを抱いていたとして、その気持ちを萎えさせる何かが私に備わっていたのかもしれません。
「あなたは恋愛対象ではありません」オーラを出していた、とか。
「私に何かしたらタダじゃ済まないよ」という脅迫オーラがあったとか。
お勉強ができるタイプだったので「世界が違う」と思わせるような高慢な態度を見せてしまっていた、とか。
場合によっては、これは女性から男性へのセクハラ・パワハラのもとになりうるものかもしれません。

③周りの男性が女性である自分を「守るべき存在」であると理解してくれていた

②と矛盾するようですが、逆に私のことを「大切に扱わなければならない存在」と認識してくれていたのかもしれません。
現実世界の自分は(っていうと変だけど)、口数が少なく物腰も柔らかいし優しい人と思われているので、同じ女性の中でもイジられるタイプではなく持ち上げられるタイプでした。
飲み会とかでありがちな、イジり対象の女性と比較するために使われるタイプというか。
そういう風に扱われるのが嫌でもあったけれど、それが幸いして「大切に扱わなければならない存在」と思ってもらえていたのかもしれません。

自分のアタマで考えること

私はいつも夜寝るときに、いろんなことを思い出して考え込んでしまうのですが、そういうことこそブログに書いてみよう、と思い立ちました。
自分で考えたことって、いろんな方向に発散してとりとめがつかなくなって記録にも残らないことが大半だけれど、自分を形作る大切な価値あるものですよね。
それを記録して発信するのは難しかったり勇気のいることだったりするけれど、未来の自分や同じように考えている人たちに向けて、
「今自分はこう思っているよ」
ということを残しておこうと思います。

今回の記事はいかがでしたか?

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