まいごのストレスフリーライフ

迷いながらも人生楽しい方向に舵を切ったミレニアル世代のストレスフリー追求記

嘘がほんとでほんとがウソで何が本当かわからない

ちょっとした嘘(その時点では単なる言い間違いだったかもしれないことでも)をついてしまった時、
それを気づいた時にすぐ改めることと、
ごまかそうとすることと、
2つの道が見えてきます。

実はここで自分が大きな岐路に立っていると認識できている人は少ないかもしれません。

最近、嘘を隠すためにさらに嘘をついて、その嘘と整合するようにまた新たな嘘をつく、
という状況がよく見られます。

でも、
どんなに周到についた嘘でも、
どこかに綻びは存在します。


だってウソなんだもん。


ついた嘘を守り通すためには、
見つかりそうな「綻び」を先回りして修繕しなければなりません。

今まで事実であったはずのことを、
「あれは嘘だったんですよ」
とへらへら笑って謝ったりして。

そして
そんなことしてたら
嘘と言っていたものがやっぱり嘘じゃなかった!と判明しちゃったりして。

あの時嘘だったと謝ったことは実は嘘でやっぱり真実だった!
みたいな。

まぎらわしい
ややこしい

結局なにが真実でなにが嘘だったのか
事実は一つなはずだけど、
全く良くわからなくなってくる。

こんなことやってたら、
もうその人そのものを信じられなくなるわけで。


だってウソ言うんだもん。


オオカミ少年ですね。

小さいころから触れてきた数々の「ものがたり」の中に
教訓を見出して
自分がわざわざ経験しなくても(痛い目見なくても)学ぶことができるのに
なんでそれができないんだろうか。

いや、もしかしたら、
「教訓を見出して学ぶことができても、
 それを自分の人生で実践することができない」
ということなのだろうか。

平気でうそをつく人たちは
世の中的には珍しくないのだろうけれど
あまりに「公的なウソ」が増えているように感じるのは
私だけだろうか?